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連続講座:マティス、その平明な多層性

国立新美術館で大規模なマティス展が開催される今、いかにマティスを視ることが可能でしょうか。私たちの感覚を大いに刺激する、その鮮やかな色彩や大胆なフォルムには、一見したところの平明な印象に反する多層性が宿っているのではないか——こうした問題意識のもと、画家や作品に複数の角度から光を当てながら、マティスを広く深く捉えなおすための連続講座を開催します。

初回のイントロダクションではマティスをめぐる基礎知識の共有を行い、その後の講座は入門に留まることなく、さらに踏み込んだ内容となります。本講座がマティスを通じて絵画や芸術を、より深く見て、考えていくための機会となれば幸いです。

追加レクチャー決定!:5/25(土)19:30-21:00 平芳幸浩さん(美術史家、京都工芸繊維大学)による「マティスとデュシャン」をめぐるレクチャーを開講します。

浄土複合スクール連続講座

マティス、その平明な多層性

講師:大久保恭子 田口かおり 平芳幸浩 松浦寿夫 池田剛介

2024年 4/20, 4/27, 5/11, 5/18, 5/25|土曜日 

19:30-21:00

浄土複合スクール(map)+オンライン

受講費

会場:7,800円(税込、定員15名)お申し込みはこちら

オンライン:7,800円(税込、定員30名) お申し込みはこちら

*Zoomによるオンライン配信を行います。

*会場、オンライン受講ともに、5月末までご覧いただける録画を共有します。

各回概要

4/20(土)講師:池田剛介
イントロダクション:マティスやその同時代の芸術を大掴みするための基礎知識の共有を行います。20世紀初頭から戦後までにわたる画家の展開を紐解きながら、特に晩年に集中的に取り組まれた切り紙絵について、その空間的な広がりとディテールの双方を通じて考えます。

4/27(土)講師:大久保恭子
マティスは1930年にタヒチ旅行をし、当地の伝統的な樹皮布タパと近代以降の布ティファイファイを持ち帰った。それはのちに《花と果実》1952-53年、《仮面のある大装飾》1953年など、切り紙絵のモティーフとなる。当時オセアニアは文明の始原に位置付けられ、マティスも関わったプリミティヴィスムという他者観に連なっていた。マティスのプリミティヴィスムとオセアニアの関わりを切り紙絵の制作を通して考える。

5/11(土)講師:松浦寿夫
間隔化と配置:マティスはその制作の初期の段階で一時的に分割主義的な点描という画法を採用したが、この分割主義の体系への本源的な違和感から、この画法を放棄することになった。隣接する筆触の視覚混合の原理に依拠するこの体系において、筆触の隣接性はきわめて重要な役割をはたすが、マティスの場合、この方法に依拠した制作においてさえ、筆触相互の間には多くの場合、間隔が置かれている。あたかも視覚混合への抵抗態として作用するこの間隔は隣接する筆触との混合を回避し、その結果として、個々の筆触は自律的な色彩として出現することになる。また、この間隔化にともなう色彩の自律化は同時に筆触の配置の問題を提起することになる。そして、カット・アウトの作品群を自律的な色彩の間隔化と配置の問題として思考することもできるだろう。

5/18(土)講師:田口かおり
「切り紙絵」の経年変化と保存修復──《スイミング・プール》再展示の射程を手がかりに:アンリ・マティスの作品群をめぐる保存修復学分野からのアプローチは、光学的な手法を採用した描画技法の解明や彩色層の分析などをはじめ、各国においてさかんに行われ今に至ります。そのなかで特殊な位置を占めているのが、いわゆる「切り紙絵(Cut-outs)」の検討でしょう。紙素材の軽量さと色彩の多様性は、闘病生活中だったマティスにふたたび自由闊達な表現技法をもたらしましたが、皮肉なことにこの素材選択そのものが、後世においていくつかの問題を引き起こすことになりました。布の酸化、紫外線による紙の変色、大気汚染による劣化──「切り紙で空間を装飾する」という手法ゆえに浮上した諸問題に、保存修復はどのように対峙したのでしょうか。《スイミング・プール》(1952年 ニューヨーク近代美術館所蔵)の修復と再展示のプロジェクトを手がかりに、再考を試みたいと思います。

5/25(土)講師:平芳幸浩
HMのコリウールの窓とMD/RSのフランス窓:アンリ・マティスの絵画に窓が頻繁に登場することはよく知られている。マティスにとって窓は絵画平面と現実を繋ぐ「蝶番」の機能を果たしてきたと言えるかもしれない。マルセル ・デュシャンは窓を描きはしなかったが、窓的なるものへの関心を持ち続けた作家である。画家であり続けたマティスと画家を廃業したデュシャンとを比較する議論はほぼなされてこなかったが、ここでは両者の窓を巡る意識を手がかりとして考えてみたい。

講師プロフィール

大久保恭子|おおくぼ・きょうこ
美術史家。博士(文学)。京都橘大学教授。専門は西洋現代美術史。二〇世紀フランスの他者観を含む芸術的諸問題を検討。著書に『〈プリミティヴィスム〉と〈プリミティヴィズム〉——文化の境界をめぐるダイナミズム』(三元社、2009年)、『アンリ・マティス『ジャズ』再考——芸術的書物における切り紙絵と文字のインタラクション』(三元社、2016年)、編著に『戦争と文化——第二次世界大戦期のフランスをめぐる芸術の位相』(三元社、2022年)などがある。

 

田口かおり|たぐち・かおり
保存修復家、京都大学大学院人間・環境学研究科准教授。専門は絵画や現代美術の保存修復、展覧会コンサベーション。著書に『保存修復の技法と思想——古典芸術、ルネサンス絵画から現代アートまで』(平凡社、2015年)、共著に『タイムライン——時間に触れるためのいくつかの方法』(this and that、2021年)などがある。

 

平芳幸浩|ひらよし・ゆきひろ
1967年大阪府生まれ。京都工芸繊維大学デザイン・建築学系教授。博士(文学)(京都大学)。専門は近現代美術。
国立国際美術館主任研究員時代に『マルセル・デュシャンと20世紀美術』展(2004年)を企画。
主な著書として『マルセル・デュシャンとは何か』( 河出書房新社、2018年)、『日本現代美術とマルセル・デュシャン』(思文閣出版、2021年)、『現代の皮膚感覚をさぐる 言葉、表象、身体』(編著、春風社、2023年)など。

 

松浦寿夫|まつうら・ひさお
1954年東京都生まれ。多摩美術大学客員教授。フランス政府給費留学生としてパリ第一大学に留学。東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。なびす画廊、ガレリア・フィナルテ、ギャラリー21yo-jなどで個展を継続的に行う。主な共著書に『モデルニテ3×3』(思潮社、1998年)、『絵画の準備を!』(朝日出版社、2005年)、『絵画との契約:山田正亮再考』(水声社、2016年)など。共同編集として『モダニズムのハード・コア──現代美術批評の地平』(太田出版、1995年)、『Art Trace Press』(Art Trace、2011年より刊行)などがある。

 

池田剛介|いけだ・こうすけ
美術作家、作品分析。東京藝術大学大学院美術研究科修了。物質の変化やエネルギーへの関心を軸とした作品を展開し、並行して批評誌などでの執筆を行う。2019年より京都にてアートスペース「浄土複合」をディレクション。主な展覧会に「『新しい成長』の提起」(東京藝術大学大学美術館、東京、2021年)、「あいちトリエンナーレ2013」(愛知、2013年)など。著書に『失われたモノを求めて』(夕書房、2019年)。京都教育大学非常勤講師。